私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「クラッシュ」

2006-02-13 22:04:16 | 映画(か行)


ロサンゼルス、一つの出来事から、刑事、自動車強盗、地方検事とその妻、TVディレクターとその妻、鍵屋とその娘、雑貨屋の主人、様々な人々に思いも寄らない衝突の連鎖が生み出されていく。
監督は「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を手がけ、本作が監督デビュー作となるポール・ハギス。
出演はサンドラ・ブロック、ドン・チードル・マット・ディロンら。マット・ディロンは本作でアカデミー賞助演男優賞ノミネート。


この映画は複雑にエピソードと人物が入り組んでいる。そのため、観ている最中はかなりの集中力を要する作品だ。
加えて、登場人物がやたらに多くて、その多さにはさすがに閉口した。その中には白人、黒人、メキシコ系、ペルシャ系と様々な人種が登場する。いかにも人種のるつぼというべきアメリカらしい一面だ。
それは面白いのだけど、主要なエピソードがさしはさまれている人物だけで、優に10人は超えているってのもどうかと思う。そのため一部の人物のキャラ造詣エピソードが薄くなっている面も否定できない。加えて物語が複雑になりすぎて、若干わかりにくくなっている面もあった。
だが、ここまで人物が多く、下手したら破綻しかねないプロットをこれほどのレベルに押し上げた監督のセンスはなかなかのものである。

物語は複雑化しているけれど、収斂しているエピソードはシンプルで、人種差別の一点だ。これがアメリカという奴の現実なのか知らないが、とにかく白人優位の視点があまりに強い。
物語の前半で警官が黒人だという理由でセクハラ行為に及ぶシーンがあり、観ている最中かなり不快な印象を受けた。またペルシャ系の老人に銃砲店の店長が吐く、飛行機で突っ込むというセリフも気が滅入るような感覚を覚えた。ほかにも黒人だから言葉が汚いはずだという意見に従わざるをえないディレクター、正義感溢れる男のはずなのに人種差別の偏見というものにとらわれてしまった若い警官など、人種差別の連鎖に巻き込まれ、各人がそれに傷つかずにいられないという状況が見えてくる。

個人的には、TVディレクターが印象に残った。彼は人種差別の中で自尊心を切り売りしなければその世界で生きていけない状況に陥っている。
だから黒人のカージャックに対してとった行動は、「お前みたいな奴らがいるから、誤解されるんだ」という叫びのようにも僕には聞こえた。何かとっても観ていて痛切な思いだ。

冒頭で黒人の刑事がここでは誰もが隠している、という言葉を吐くシーンがある。あるいはそこでは何かを隠さなければ、自分を支えていくことができないのかもしれない。
そんな人種差別を打破するのは結局、人間性という基本的な部分なのだろう。
特に感動的だったのは人種差別主義の警官が、自分が差別した黒人女性を助けるシーンだ。そのシーンはあまりに美しく、観ていて涙が出てきそうになるほどすばらしかった。
警官は人種差別をするが、決して悪人ではないのだ。父親思いで、警官として命を賭けて職務を全うしようとする、そんな男なのだ。そこには黒人だとか、白人だとかは全く関係ない。人が人を思い、行動するという点で人と人は通じ合えるのだ。

だから若い警官も本当は黒人の若者と笑い合えるはずだったのだろう。その基本にあるのは同じ人間だからという、語りつくされた普遍性のある基本的な面なのだ。
そしてそう至るためには、結局冒頭の言葉にもあるように何らかの形でクラッシュするほかに無いのかもしれない。

この作品はえぐるような感覚を後に残す。そしてそれに対し、深い余韻を抱かずにいられない。
あまり触れられなかったが、天使のマントに関するエピソードもすばらしかった。
この映画の良い所は人間を決して一面的に捕らえようとしていない所にあるのだと思う。
何かまとまりがなくなったが、間違いなく本作は傑作だ、と最後に言っておく。今年はこの先どんな作品に出会えるか知らないけれど、確実に本年度の上位に来る作品であることは間違いない。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『幽霊 ―或る幼年と青春の物... | トップ | 「PROMISE」 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

映画(か行)」カテゴリの最新記事